私は物心付いた時から新しい事をしないと脳ミソが感動しないので、
そうしてないと生きてる喜びがないのです。
だから、人のした事をするのはつまんなくとても退屈であきちゃうんです。
たよりは只一つ自分の直感だけを頼りに生きて来ました。
芸能界では現在郷ひろみ、細川たかし、キョンキョンなどをかかえ、
成功したバーニングプロ社長の周防 郁男氏と関東プロダクションを成立してやったり、
六本木プロでは里見浩太朗さんも所属していてマネージャーをさせてもらったりで
とても楽しい人生でした。
楽しく生きるには「自分に正直に」がテーマの自分としては、うまいものを食って、良い服着て、
いい女に囲まれていれば最高と思っていましたが、子供が出来、芸能界をリタイヤしました。
実は心の病気にかかっていたんです。
夜も眠れず、胃ガンと診断され、アルコール薬物依存症になってました。
2003年6月1日で止めてから24年がたちました。
なんでやめられたと言うと、依存症者の手助けをして来たからです。
大学に行って勉強をしたり、その後アメリカとオーストラリアにカウンセリングの勉強に行き、
依存症者の力になりたいと寝る間もおしんで行動しました。
話は前後しますが、ある日 酒を止める集まりの帰る途中、コインランドリーに「マイアミで働いてみませんか」というハリ紙を見て、一ヶ月待ってもらい、運送屋で飛行機代を作り、
中3になったばかりの娘をつれて(旅行社には観光ビザなので帰りのチケットが必要ですが、
お金は片道だけそこで偽造してもらった)出発しました。
カウンセリングの勉強はやはりアメリカだな〜と思った通りでした。
英語の辞書を片手に、来ることは来たけど二日目に自殺しようかと思いました。
いつも私オーバーなんです。でも1ヶ月もしないで知人が出来、友人が出来ました。
幸福は行動を黙って起こすだけだとつくづく思いました。
毎日映画を見ているようでした。
英語はお金もらって日本語教えて覚えました。
昼はカウンセリングの勉強・夜はジャパニーズレストランで働いてました。
1年が過ぎた頃、フロリダ州の自動車運転免許も2,000円で取り、
落ち着いてくるとまともに永住権が欲しくなり、14歳の娘を一人友人の所に残し帰国しました。
すぐ戻る予定でしたが、当時アメリカ大使館はビジネスビザが必要と却下され、荷物、車はパーで、娘に送るお金は300ドル位だった為、娘はバイトしようとジャパニーズレストランに行ったらしいけど、グリーンカードが無い為使ってもらえず本当に苦労させてしまったと思っています。
ゴメンナサイ。
でも1000%一生懸命生きて来てるんです。 |

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